「全勝ターン」と「魅せた」

御嶽海 全勝ターン

                                        2018年7月16日付朝日新聞大阪本社版スポーツ面見出し

魅セた 43歳上原無失点

                                        2018年7月15日付朝日新聞大阪本社版スポーツ面見出し

 

校閲さんの思い出話。

 

むかーしむかし、スポーツ新聞から転職してきた同僚に、大相撲初日から8連勝で中日に勝ち越すことを指して「全勝ターン」という見出しを考案した人物が「前に勤めていた会社にいた」という話を聞きました。

「ターン」というのは、水泳競技の折り返しからの発想だったそうです。相撲のひと場所が中日を挟んで前後半、というのはわかるけれど、前半と後半で進む方向が変わるわけでもないので、「ターン」ってのもなんか変ではありますが、その人がある日「えいや」と紙面に使ったところ、見る間にスポーツ各紙に広がり、1980年代には一般紙でも使うようになりました。

で、紙面にこの見出しが出るたびに、同僚は「この見出し始めたのはね……」と、おんなじ話をひとくさり。その人も数年前に亡くなりましたが、たまに紙面でみかけると感慨一入であります。

 

「魅せた」というのも思い出深い。80年代の一般紙校閲業界では、「スポーツ紙ならともかく一般紙で使うのはダメ」というのが支配的見解でした。理屈としては、「魅せる」なんて動詞はない、「魅す」の活用形なら「魅した」だろう、ということ。

 

スポーツ紙経験のある同僚がいうには、「見せた」じゃ面白みがないから「魅了した」という意味をこめて「魅せた」というのをやり始めたんだ、ということでした。

 

80年代というと、新聞の印刷開始時間をいかに遅くするか、の競争が激しくなっていたころです。印刷工場から遠くに運ぶ新聞には夕方の大相撲の結果をねじ込むのが精いっぱいだったのが、次第にプロ野球ナイターの結果も入れられるようになっていきました。

 

そうなると、スポーツ面の編集ができるのは、体力と瞬発力のある若手、ということになり、スポーツ面は若いキャップと部員のチームが組むようになりました。いきおい、四角四面の真面目な見出しでは面白くない、という方向に。一般紙でも「魅せた」を使いたがるようになり、校閲とは論争が絶えませんでした。

 

ついでにいえば前掲見出しは、オールスターゲームのもので、「魅セた」の「セ」がカタカナなのは、ご存じの通り「セントラル・リーグ」の「セ」であります。

これもスポーツ紙由来で、「混セ」なんていうのが始まりで、いつか「セ・リーグ」を指して「セ界」といったりするようになり、見出しの文言にカタカナの「セ」の字を交ぜることもやるようになりました。関西の新聞ではヤクルトの見出しに「○○ヤ」、というのも。

 

こういうのはだいたい一度下火になりました。

 

手あかがついて「またあれか」といわれるようになったからでしょう。でも思い出したように時々見るようになってきた(ような気がする)のは、一周まわって新しい、みたいなことになってきたのでしょうか。

 

「一般紙でスポーツ紙のまねをするなんてみっともない」と言っていた昔があったことだよなあと、遠い目になるのでした。